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脚本家という悲しい生き物

更新日:4月9日


私がテレビドラマの脚本を初めてやらせてもらった時、そのドラマが収録されたDVDを親戚たちに見せたことがある。

叔父はドラマを見て最初に言ったことは、「それでお前はこのドラマで何をやったんだ?」


「脚本」と言われても、それに関わることがなければ、脚本なんてそう見るものではない。

従って、「脚本家」とか言われても、一体何をやる人間なのか、普通分かるものではない。

よっぽど売れて、朝ドラや大河ドラマの脚本を担当したりして、他のメディアでも名前を聞くぐらいになれば別だが、それでも脚本家の名前が世に出ることは昔よりさらに減っている気さえする。

あなたは今の朝ドラ、大河ドラマの脚本家の名前を言えるだろうか?


現代、SNSなどが大きく発達し、多くのクリエイターたちには作品発表するにはいい時代になったと言えるだろう。

エックスやインスタ、Youtubeなど、様々なSNSで、無料で、日本中、あるいは世界中に作品を公表することができる。

イラスト、お笑い、小説、エッセイ、漫画、映像、ゲーム、さらに今ではアニメまで……あらゆるクリエイティブはSNSにアップされ、時にそれが人気となり、一気に売れっ子になってしまうような現象も起きている。

そういった時代において、脚本は……とかく、SNSと相性が悪い。

一つ例を挙げてみる。


まだプロではない、でも脚本を何本も描き続けながらプロを目指している脚本家がいたとする。ある日、新作の脚本が出来上がった。

しかし、その脚本をSNSにあげることは、分量的に当然できない。

例えば色々な方法を駆使して、ネットにアップして誰もが見れる状況を作れる可能性もあるかもしれない。

だが、そもそも脚本とは「映像の設計図」である。

脚本を勉強している人のみならず、脚本を使って仕事をしているような人間ですら、脚本を読んで正しく捉えられることができないことも、ままあるぐらいに読み解くのが難しい特殊な文章である。

それが、特に脚本に対する理解もない人にいきなり読んでもらったとして、他のクリエイティブと比べて、なかなか生産的な状況は起きづらい可能性が高い。

つまり脚本は、映像や演劇など作品化することで初めて多くの人に提供できるものになる。


ところが、当然ながら脚本を作品化するためには、基本的には多くの人の協力が必要になる。演じる俳優たち、撮影する場所、披露する場所、映像であればカメラやマイク。衣装や美術、その他様々な物がないと、ちゃんと作品化することはできない。


もっと言えば、脚本というものはすぐに書けるものではない。何日、あるいは何週、何ヶ月など、多くの時間を、基本的には机の前に座って、パソコンのキーボードを叩く、あるいはペンで書かなければならない。(今やペンの人はほとんどいないが)

つまり脚本を書ける人は、その作業ができる人でないとできない。

ここでイメージして欲しい。机の前で、何時間も文章を書ける人間はどんな人間か?

多くの場合、出不精の人間が多い。出不精ということは狭い人間関係の中で生きている人が多い。となると、多くの協力者が必要な脚本の作品化は、脚本家にとってとてもとてもハードルが高いことになる。


もちろん、脚本家はここに書いたような人物だけではない。活動的で、友人が多く、自分で書いた脚本をどんどん作品化できる強者も当然いる。

だが多くの脚本家が、前述のような人物であることが現実である。


では多くのプロ志望の脚本家がどうするかといえば、脚本のコンクールに書いた作品をせっせと応募するのである。

現在、TV局を中心として、いくつかの脚本のコンクールがある。コンクールで大賞を取れば作品化できることが多い。

とはいえ、コンクールで大賞をもらえるのは大体1人。応募数は大体数百を超えるらしいので、数多くの脚本家がコンクールのたびに討ち死にする。

チャンスの確率はもはや宝くじレベルと言える。


脚本は作品化しなければ、本当の完成とは言えない。

でも作品化にはとても多くのハードルがある。

この問題の一つの解決策として、「脚本家プロレス」がある。


脚本家プロレスでは、参加する脚本家がとにかく脚本の作品化を目指すイベントである。

作家たちが協力し合い、作品化を互いにサポートし合い、高いハードルを乗り越えようとする試みである。

脚本家は、自分の書いた脚本を作品化することを、とにかく欲している。

また、脚本の技術を磨くためには、作品化することはとても重要である。

私たち脚本家の、この心からの挑戦を、ぜひ皆さんに見届けてほしい。


ちなみに、なぜこんなにつらつらと愚痴を書くような思いをしてまで、脚本を書こうと思うのか?

……それはもちろん、脚本を書くことが好きだからである。

アホみたいな理由だが、むしろ好きじゃないと続けることは絶対できない行為だと思う。

脚本を書くことが好きになってしまった、現代における悲しい生き物。それが脚本家である。

そんな悲しい生き物たちが、脚本を書き、それを必死に作品化した短編映画、朗読劇を、ぜひ見に来て欲しい。 (作:畠山隼一)

 
 
 

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