僕たちは喜劇の中にいる。
- 悠平 田中
- 4月2日
- 読了時間: 3分
脚本家プロレスの和泉聡一郎です。昨年に引き続き2026年も脚本家プロレスの開催が決定しました!
それに伴い、脚本家がリレー形式でコラムを書いていくこちらの企画。
脚本家が書くコラムであれば内容は当然「脚本について」「脚本とは何ぞや」「素晴らしい脚本とは」といった自分たちだからこそ答えられるテーマになっていくと思うんですが、脚本と一口に言っても世の中には様々な媒体の脚本があります。
わかりやすいところでいうと、TVドラマ、映画、演劇、漫才、歌舞伎。最近では縦型ショートドラマなんていうスマホで見ることを前提にしたドラマもありますよね。
それらすべてに脚本があるわけですが、それぞれ求められることが全く違うというのが実情ではないでしょうか?
つまりですよ、僕がここで「脚本ってのはこういうものなんです!」なんて言おうものなら「それは違うんちゃいます?」と僕以外の8人の脚本家が審査員さながらの冷たい目でこっちを見てくる可能性がある。
僕は何とか平和にこの場を乗り切りたい。
でも告知コンテンツとしての役割も果たしたい。
なんとか当たり障りのない範囲で人が来たくなるような文章は書けないものか。
と、ここまで書いたところでひとつ思うことがありました。
これ、脚本の仕事でいつもやっているな。
例えばある企業さんの広告で、商品を使ったコントCMがやりたいと言われます。
最初の打ち合わせで「商品さえ広告が打てればどんなものでも好きに書いちゃってくださいよ。面白いもの作ってください!」と言われていたのに、いざその商品が活躍するコントを書いていったら「ツッコミ台詞」を「人を否定する表現はちょっと…」と言われたりすることがあります。
ツッコミってそういうもんですやん。
たぶん、脚本で仕事をしたことがある人の多くは、こういったちょっと理不尽な修正の依頼をされたことがあるんじゃないでしょうか。

もちろん僕だって「それを言い出したらコントにならんやないの」という気持ちはあるわけです。では、どうするのかというと大抵は何とか修正をすることが多いです。
なぜなら脚本は作品ではないから。
(脚本は作品だ!派の方がいればすみませんマジで)
脚本は多くの場合、お客さんの目に触れることはありません。
代わりに、僕たちが書いた脚本をもとに制作した作品が様々な形で世にでます。
そして作品作りには多くの人の手が必要で、多くの人たちが一つのものを作るときには設計図が必要になります。それが脚本です。
作品にかかわる人にはできるだけ納得して仕事をしてもらいたい。
かといって脚本の面白さを下げることもしたくない。
だから脚本家は手を変え品を変え、様々なアイデアで脚本を練り直していく。
つまり脚本は「全方位に気を配ったオモシロ作品の設計図」ではないでしょうか。
僕たちは今日も全方位に気を配ります。
NGなしと聞いていたアイドルから撮影数日前にNGを食らっても。
炎上したくない企業CMの注釈テロップの文字数がセリフの量より多くなっても。
面白い作品をつくるために、いろんな方角からくる修正依頼に振り回されながら脚本を書いている。もはや自分たちがやっていることそのものが喜劇みたいですよね。
脚本家プロレスではそんな日々振り回される脚本家たちが、最高のオモシロ脚本を作品化してお待ちしています。
ぜひぜひご来場くださいー!
今回はありがと
うございました。
他の脚本家たちから「脚本ってそんなもんじゃねぇよ」ってツッコミが入ってる気がしないでもないです。
まぁ、でも、そういう人を否定する表現はちょっとねぇ……



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